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afterstory オシロイバナの小心《4》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-06-10 20:58:11

荷物を片付けて掃除をして、建物を出ると一瀬さんはすたすたと駅とは逆方向へ行く。

どこへ行くのだろう、と後ろを着いて行くのだが、大荷物の殆どを一瀬さんが持ってくれているのに、彼の方が足が速い。

着いた先は、コインパーキングだった。

「えっ、一瀬さん、車で来られてたんですか」

「勿論です。そういう綾さんは……電車だったんですね、もしかしなくとも」

「は、はあ……車、持ってないですから」

「この大荷物で……本当、呆れます」

深々と溜息をつかれ、しゅんと肩を竦める。

すぐ傍の黒い車から、ぴぴ、と音がして電子ロックが外された。

「どうぞ」

と、ドアを開けて促されたそこは、助手席側だった。

躊躇っても仕方ない。

「お邪魔します」

ぺこんとお辞儀して、シートに乗り込む。

……うわ、やわかい。

車の種類は良くわからないけど、外から見た感じは派手でも特徴的でもなかった。

けど、内装はなんだか重厚感溢れる感じで、シートの座り心地が良い。

もしかしてすごい高級車だったりするのかな。

でも外車とかなら、ハンドルは逆なんだよね?

ついキョロキョロと車内を見渡してしまう。

一瀬さんは後部座席に私の荷物を置くと、運転席に乗り込んだ。

「それでは、何が食べたいですか」

「なんでも、食べます」

正直お腹が空きすぎて、本当になんでも構わない。

この狭い車内で、また腹の虫が鳴くのを聞かれる前に、早く食べ物をお腹に入れてやらなければいけない。

あんな恥ずかしいのはもう嫌だ。

「食事のあと、アジサイ寺にでも行きませんか」

車を走り出して少ししてからだった。

信号待ちで、一瀬さんが徐にそんなことを言う。

「アジサイ寺ですか?」

「はい。ちょうどいま見頃だそうで」

そして空模様を運転席の窓から覗き込みながら、続けた。

「……降ってきそうですが。アジサイなら、雨も似合うでしょう」

私もつられて窓の外を見る。

すぐ上の空はまだ薄く青空が覗いているけれど、西の方は灰色の雲が覆っていた。

「あ、傘」

「ありますよ、一つですが大き目だから問題ないと思います」

「……そ、ですね」

一瀬さんは問題ないと言うけれど

私からすれば、大ありだ。

雨が降って欲しいのか欲しくないのか、わからない。

心臓がとくとくとく、と忙しなくて落ち着かない。

誘ってくれて、嬉しい、けど。

どうして急に、という不安もちょっとあった。

これは……デー
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